受験における地頭の良さや才能の話
世間一般で旧帝国大学や早慶レベルは難関大学と言われています。
だいたいこのレベルに入る事が出来るのは同世代の3%前後と言われています。
人口の上位3%と聞くと頭によぎる事があります。
難関大に行くのには地頭の良さや才能が必要なんじゃないかと??
受験勉強と地頭の良さや才能が関係あるかについてですが、
残酷な話ですが、正直関係はあると思います。
地頭の良さや才能が何を指すかわかりませんが、
人間にも個体差があります。
背の高さも、顔も、運動能力も人によって違います。
生まれてすぐの赤ちゃんを、人工的に全く同じ環境にして育てたとしても、
集めて競争させれば、理解力も、論理的思考の得意さも、テストの点も
必ず差が付くと思います。
でも差があるからなんだと言うのでしょうか?
陳腐な言葉ですが、人生は配られたカードで戦うしかありませんし、
例え才能がなくても、プロ野球選手を目指すのとは訳が違います。
同級生の中で3万位くらいになれば良いのです。
努力と工夫で補えます。
頑張ったけど駄目だった、才能がなかったみたいな事をよく聞きます。
しかし客観的に見て厳しいようですが以下の2つのパターンが多いです。
①自分がやるべき事を考える事を放棄している。
具体例:
・学校や塾で板書を綺麗にとって満足している。
⇒ノートを綺麗に取っても意味がない。覚えて身に着ける事が目的。
そもそも大事な事は参考書とかにまとまっている。
・学校の宿題や定期テストの勉強をただやっている。
⇒大学に受かるために自分に必要な事は人によって違う。
学校で出される宿題をやっていればいい訳ではないし、
定期テストも受験とは関係ない。
受験で最高の点を取れるように勉強するべき。
②言うほど頑張っていない
具体例:
・計画を立てたり、参考書や勉強法を探す事ばかりに夢中になり実は勉強していない。
・自習室とかに通っているが長々と友達と話している。
・高3の冬とかに急に難関大受ける事を決め受験勉強をはじめる。
それまでずっと遊んでいた人が、
急に受験生の秋や冬にあせって勉強をはじめた所で、
すぐに難関大に逆転合格で入れる訳がありません。
小さい頃から塾に通い勉強して、中学受験をして、
中高一貫のレベルの高い学校でそれなりの学力をキープしてみたいな人と、
これまでほとんど集中して勉強した事がなくて、
授業中も寝ていてみたいな人では
生涯で数千時間、下手すると1万時間近くは勉強時間が違っていたりします。
あなたが1年間、毎日10時間勉強しても3650時間です。
その勉強して来た人も当然勉強するので追いつくのは簡単ではありません。
頭の良さや才能が・・・の前にこれだけ努力の差がある可能性があるのです。
この現実とは辛くても向き合った上で、乗り越えなくてはいけません。
ネットでは約3カ月勉強すればMARCHは余裕だとか、
夏休みからで受かったとか言う言葉で溢れていますが、
真に受けてはいけません。
本当だとしても努力を積み重ねて来た人の言葉かもしれないのです。
受験勉強を意識した勉強と、日常の勉強は全然密度が違いますし、
勉強方法を工夫し効率良く受験勉強をすれば、これまでサボって来た人でも
差を縮め逆転合格は可能です。地頭の良さや才能も補えると思います。
しかし受験を甘く考えていると失敗する可能性が高いです。
それなりの覚悟と、勉強量は必要です。
覚悟を決めて、勉強方法を全力で工夫し、必死に勉強すれば、
これまでの人生で付けられた差を取り戻せます。
例え志望校の難関校に落ちたとしても、
絶対に頑張らないよりは大学の選択肢も将来の選択肢も多くなります。
人生で1年くらい必死に頑張るのも悪くないです。
才能や地頭のせいにせずに、受験勉強を頑張って見てはいかがでしょうか?